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くだんと牛女

日本人にとって、牛は農耕のための労働力であり非常時の食料でもありました。そのため、犬や猫や馬と同じくらいに身近な動物だったのです。そのため、現代にいたるまでに様々な牛に関する怖い話が生み出されてきました。ここでは、そういった牛の怖い話を分析していきます。

牛の怖い話

日本には、昔から身近な動物に関する怖い話が幾つも存在しています。中でも牛に関する怖い話は、何処か謎めいた印象を持つ話が多く伝わっています。




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牛の怖い話の元祖「くだん」

古典文学には「くだんのごとし」という結び言葉が登場することがあります。「くだん」の字は、「人」に「牛」と書きます。この「くだん」とは、読んで字のごとく「人のような牛」なのです。くだんは、牛から生まれてくるのですが普通の牛と違って人の頭を持っています。くだんは、生まれて数日しか生きられない存在なのですがその数日の間に人々に予言を残します。その予言は必ず当たるため、「確かなことである」という意味の結び言葉に「くだん」が使われるようになったのです。

最恐の話「牛の首」

そして、「最も恐ろしい」とされる怖い話もまた牛に関する話なのです。そのもっとも恐ろしい怖い話こそが「牛の首」なのです。

「牛の首」の概要

ある時、民俗学や考古学を研究する学者が集まり怖い話や不思議な話を披露しあった。何せ職業柄、そういった話には事欠かないほどに知っている。そんな中ある学者が「いろいろと話を集めてきたが、「牛の首」に勝る話はない」と言った。ほかの学者たちも「そうだ、あれほど怖い話は聞いたことがない」と賛同する。しかし、一人だけ「牛の首」の話を知らない。回りに聞いても曖昧な顔をしてごまかすだけだ。散会した後も、知らなかった学者は知っている学者に聞いて回る。根負けした学者が「教えてやるから来週研究室を訪ねてこい」と約束を交わす。ようやく知ることが出来る、そう思いながら彼は約束の日を指折り数えて待つ。約束の日、彼は学者の下を尋ねるが「先生は旅行で来週まで帰ってきません」と言付けされた学生に教えられる。彼は考えた。なぜ「知っている」のに教えてくれないのか? なぜ嘘をついてまで逃げ回るのか? 先日の集まりを思い出していくうちにある言葉に気付く。「あれほど怖い話は“聞いたことがない”」……つまり、誰も内容を知らないのではないか? 知らないにも関わらず怖さだけが一人歩きしている話……それに気がついた彼は、遂に話の正体に気付いた。数日後、彼に仲間が「牛の首」の話を教えてもらえたのかと尋ねる。「ああ、あれほど怖い話は聞いたことがないよ」

好奇心を刺激する「牛の首」

この「牛の首」の話は、SF作家の小松左京によって作られたとも今日泊亜蘭が作ったとも言われています。この話の肝は「存在するかどうかわからないが、とにかく怖い話である」という事実をスタート地点にしていることです。人間は、自分だけが知らないことがあるなら知りたくなるのが常です。この「牛の首」の話は、そういった心理を巧みに織り込んでいるのです。現在は「牛の首」の正体として作成された話がインターネット上で流布していますが、謎も何もない猟奇性だけの話なので割愛します。

現代の牛の怖い話「牛女」とは?

「牛女」の話は、関西圏における怖い話の中でも人気のある話といえます。数十年に渡って流布する話ではあるのですが時代をまたぎ、メディアを変えて姿を現わすため多くの世代に知られているのです。

牛女の概要

戦後、神戸の西宮地区では「牛女を見た」という噂が巻き起こった。噂によれば、「ある富豪の家に生まれた女の子が牛頭人身だったので、座敷牢に閉じ込めておいたが空襲で屋敷が壊れ座敷牢から逃げ出したのだ」「いや、紋左衛門岩の上で牛女が踊っているのを見ると必ず数日中に命を落とすそうだ」という。その後怖いもの見たさからか、牛女を一目見ようとする者が紋左衛門岩や目撃地点を訪れたという。

牛女が巻き起こした迷惑

しかし、この「牛女」の話はよくあるご当地怖い話では終わらなかったのです。昭和末期頃に週刊誌に取り上げられたことを皮切りに、メディアによって取り上げられるようになったのです。近年では、某アイドルグループのメンバーが司会をしていたバラエティ番組で取り上げられ、多大な反響を呼びました。しかし、その取り上げ方に問題があったのです。「牛女が出る!」として紹介されたのは、牛女とは何の縁もないお寺だったのです。本来は神様を祭っている祠や洞穴を「牛女の家」として紹介したため、肝試し気分で境内で深夜に騒ぐ若者たちが来るようになったのです。

「牛女は東北に引っ越しました」

お寺はそもそも、肝試しを行うためにあるわけではありません。それに、寝起きする人だって居ます。そんな場所に足を踏み入れて夜中に騒がれては人も霊もたまったものではありません。仕方なく、お寺では「牛女は東北に引っ越しました」という看板を立てて事態の沈静化を行ったそうです。時は流れて1990年代末、やはり牛女の取材に来たテレビ局に対しては「牛女を取り上げるのでなければ取材に応じる」としたにも関わらず、編集で牛女が居るように改ざんされてしまったのです。これによってさらに牛女ブームが加熱して、週刊誌に取り上げられた頃よりも大勢の若者がやってくるようになったといいます。

噂を操るメディアの怖さ

この牛女の話は、怖い話自体よりも取り巻くメディアの怖さが伝わってきます。自分たちの意図通りに真実を歪めることが出来る力があることを自覚できていない者がメディアに関わっていることがあるのです。メディアは、一度に不特定多数の人間に情報を発信することが出来ます。インターネットは「便所の落書き」とも言われているので、その信憑性を疑う人も居るのですが、新聞やテレビを疑っている人はそう多くはないのです。現在、インターネットの登場によって、「メディア・リテラシー」の重要性が言われるようになってきました。メディアから流れてくる情報を見抜き選別する能力であるメディア・リテラシーは、現代の怖い話を扱う上で欠かせない能力にもなるのです。メディアの情報に踊らされて、牛女に会いに行くような真似はするべきではないのです。


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